第 十 回 瓔 珞 便 り  (平成二年十二月十五日)

  とうとう瓔珞便りも二桁の回数を重ねたことになりました。会の発足の時には、何年続くであろうかなどとは全く念頭にありませんでしたが、今になって考えますと、よく続いたものだと感心もいたします。これから先どうなることかも念頭にございません。ただ全員の先生によろこんで頂くよう頑張ろうとおもうだけです。

  さて、最初にお報せと共にお詫びとお礼を申し上げねばならないことがおこりました。それは、結城謙治先生から英語科の大野三千右エ門先生が福島県に健在でいられるとのお知らせを突然受けたことです。愕然といたしました。会の発足の際に名簿の完璧を目指して出来得る限りの努力を払って完成したと自信を持っていたのが一瞬にして崩れたわけです。大野先生にはお詫びのお願いを、結城先生には厚いお礼を、また会員の諸先生にはご了解のお願いを申し上げる次第です。幸いに、大野先生からは別紙葉書便りにあるように快いお返事を頂きました。

  申し遅れましたが、今年もまたお二人の先生が鬼籍に入られたことが悲しいご報告になりました。佐藤昌彦先生が五月五日に急性心不全で(八十九才)、また神柾之助先生が七月三日に脳出血で(七十九才)おなくなりになりました。佐藤先生はご存知の通り、札幌農学校の第一期生の首席として卒業され、後に北大の初代の総長をつとめられた佐藤昌介先生の三男として生まれ、その後継者となられた方です。父子三代にわたる敬虔なキリスト者で、それに関する著書もあります。晩年は、札幌農学校でクラーク先生に親しく教えを受けた第一期の方々の後を調べることに心を注がれておられました。瓔珞会には深い関心を持たれ、私との間に何度も書簡や電話の往復が交わされました。口はばったい言い方をしますと、親しい仲になる光栄を得ましたが、遂にお目にかかることができませんでした。哀悼の到りであります。神先生には戦争中に柔道の担当としてご赴任になり、戦後は体育科を担当になりましたが、道の教育界に転出され、道内一流の高等学校長を歴任されました。謹んで両先生のご冥福を祈る次第であります。

  本会の発足から十歳の年齢を加えられた先生方、何卒お身体をごたい切になさって、この会を何時までも存続されるようお願い申し上げます。

  昨年と同じ理由で、今年も殆どすべての仕事は山元先生のご労苦にゆだねました。先生には皆様と共にあついお礼を申し上げたいと存じます。

  それでは先生方、よいお年をお迎え下さい。

      平成二年十二月十五日       世話人代表  明 峯 俊 夫