第 六 回 瓔 珞 便 り  (昭和六十一年十二月五日)

北海道は今年も大変な気候不順で、冬の訪れも例年より遥かに早く、この先の厳しさが思いやられると、みなみな戦いている有様ですが、先生方は如何にお過ごしでしょうか。第五回の便りは本年の二月に差し上げましたが、今回は予定通りに年内にお届けすることができました。
この度は皆様からのお便りを第一主題とする考えで往復葉書を差し上げたのでしたが沢山の方々からご返書を頂きました。この前と同様にご好評を受けることと信じております。ところが、往復葉書を差し出した折には思いもかけなかった悲報が舞い込んで私達をすっかり滅入らせてしまいました。
 篠田先生、真方先生のお便りで中野久一先生のご長逝を承ったのであります。長く肝臓の疾患と戦っておられたようですが、十一月十七日遂に立たず。心から哀悼の意を表する次第であります。先生は昭和十七年に予科にご赴任になり、昭和二十三年に母校である新潟大学に招かれて転出するまで独逸語を担当されました。温厚寡黙で責任感が強く、俗事に超然として、ただご勉強にご専念されていたお姿が思い出されます。
 また、谷井先生のお便りには十一月三日に奥様の静子様のご他界のお報せがございました。六十余年の長い間のご伴侶を失われた九十七才の先生のお嘆きは如何ばかりかと、謹んでお悔み申し上げますとともに、先生のご長寿を重ねられんことをお祈り申し上げます。
 七月五日には宇野先生の奥様ヨシ様が一年以上の入院生活の末八十七才をもって昇天されました。多くの先生方や生徒達に、あるいは先生以上に慕われた奥様のご逝去は私達にとって深い悲しみでした。ご葬儀の模様などは小宮先生のお便りをご覧ください。
瓔珞会については何時もお心に懸けてくださいまして、名簿の校閲などに正確なご指示を入院中でも賜りました。私達も常に心から頼りにしておりました。瓔珞会としては世話人の相談の結果、特例としてお葬儀に供花をさせて頂きました。奥様はご郷里八雲町の落部の墓地で先生とご一緒に安らかにお眠りになっておられます。

 この瓔珞便りの第二の主題として、私達に関係の深い書が最近相ついで上梓されましたので、それ等についてご紹介申し上げたいと存じます。大体発行順に並べてみました。

先生方には是非お手に入れられて、ご熟読の上、北大関係の方々にお奨め下さいますよう切望いたします。

  鈴木サチ子さん著    「星かげさやかに」

    東京エルム出版会(東京都新宿区高田馬場2‐524メゾンドール高田馬場

             310号北海道大学同窓会内)発行 493頁 1600

 著者は鈴木限三先生のご長女で、本名鈴木幸子さん、美しいご文章で札幌の自然や人

の心の麗しさを謳いあげたフイクションです。この出版に終始力をお貸しになられた西

村先生にご一筆をお願いしましたところ、快く次の一文をお寄せくださいまた。

 

   「星かげさやかに」について   西村 稔

 これは、敬愛する鈴木限三先生のお嬢様の著作です。商業ペースには乗りそうもない

と懸念されていたのに、東京のエルム会によって出版されて、短時日の間に随分さばけ

たようで、真に嬉しいことです。これを現代の奇蹟といえば、確かにオーバーな感じを

免れませんが、この作品は、私共が見忘れていた心の透き間を充填するかもしれません。

 題名は色々と思案の末に、寮歌の「星かげさやかに」と、聖書の「ベツレヘムの星」と

の連想に基ずかれたそうです。このことを前提にして読まれることをお奨め致します。

無論、主人公にはご本人が充当されますが、自伝ではありません。父の植木俊次郎も、

例えば子女の数が増やしてあります。しかし、或る虚像は実像を超える場合があります。

私達に懐かしい一つの時代が如実に蘇ることでしょう。そして。清々しい読後感に恵ま

れます。 

 

  岩沢健蔵氏著   「北大の歴史散歩」

    北海道大学図書刊行会発行   214頁  1400

 著者は北大出身ではありませんが、長く北大の学生部や事務局などにつとめられた事

務官で、北大の歴史に精通しており、現在の北大キャンパスの風景を北大の歴史に結び

つけて豊かな筆致で詳述しております。私共から見ても実に楽しくまた気持ちよく読む

ことのできる好著であると思われます。特に巻末に記されたクラークの最後の一言につ

いての考証は注目に値するでしょう。「ああ、ここにも北大を心から愛する人がいる。」

というのが私(明峯)の読後感です。

 

  佐藤昌彦先生外二氏編、訳 「クラークの手紙―札幌農学校生徒との往復書簡」

    北海道出版企画センター(札幌市中央区北3西3スノー会館四階)発行

                   320頁  1700

 ご存知のように、佐藤先生は北大初代総長佐藤昌介先生のご次男で、札幌農学校第一期

生についてのもろもろの資料を蒐集整理されることを一生のお仕事としておられると

承っておりますが、この書もその一環であると考えられます。英語で書かれた原文写真

と印刷された英文とが三分の一を占めております。先生にお願いして次の一文を頂きま

した。

 

  「クラークの手紙」について   佐藤昌彦

 本年(昭和六十一年)の六月に、北海道出版企画センターから。「クラークの手紙」と

題した本を出版しました。これは国際キリスト教大学の大西助教授、北海道開拓記念館の

関氏との共編ですが、クラーク先生が、帰国後、札幌農学校の一期生との間に交わした往

復書簡をまとめたものです。クラーク先生は歿せられる前の年まで、札幌農学校のことを

考えられていたことがよくわかるのではないでしょうか。

    また、少年であった佐藤昌介が、自らの前途にどのように不安を抱き、心のよりどころを熱心にもとめていたかを、この往復書簡から読み取って頂ければ、私としてはこの上のよ

ろこびはありません。

  蝦名賢造先生著   「新渡戸稲造−日本の近代化と太平洋問題−」

    新評論(東京都新宿区西早稲田31628)発行 358頁  5500

 蝦名先生は予科の末期に近い頃に経済学担当として着任されましたが、その短い期間

札幌農学校の精神にとりつかれたそうです。先生のお心を篭められた大著です。先生から頂いた次の一文をご覧ください。

 

  「新渡戸稲造」について      蝦名賢造

 本書は先の著書「札幌農学校−クラークとその弟子達」(図書出版社)に次、その発展を

意図したものであります。

 戦後私は北海道に移り住み、北大予科の教師として勤めるようになって以来追求しつ

ずけてきた札幌農学校精神に関するもので、その代表者である新渡戸稲造の生涯と思想

に関するものです。特に新渡戸が生涯の課題として取り組んできた日本の近代化と「太

平洋の礎」たらんとする理想と実践に主題を置いて、解明うとしました。 今日の流動的な国際化のじだいにあって、新渡戸こそすでに今日ならびに日本の教育と思想の原点として顧みられるべき巨人であるというのが、わたしの年来の確信であり、本書ではそうした点を実証してゆきたいと念願しております。

 

  恵迪寮同窓会文集編集委員会編  「 恵迪の春−エルムの樹影で−」

    恵迪同窓会(札幌市中央区北2西3第一ビル現代ビユーロー内)発行

                            445頁  2500

 昭和六十年春、野幌丘陵の「北海道開拓の村」に恵迪寮舎が復元されたのを契機とし

て企てられた出版で、かっての寮生百名余の寄稿の集成であります。古くは宮部一郎氏(

宮部金吾先生のご嗣子、明治三十九年入寮)、木原均氏(明治四十五年入寮)の方々には

じまり、昭和五十四年入寮生に到るまで各時代の寮生の追憶の記は私達の胸をゆさぶる

に充分です。多くの写真も花を添えるものです。

 

  恵迪寮史     復刻判         8000

 

  恵迪寮史     第二版         12000

 

 前者は昭和八年に刊行された既に定評のある大著の復刻版であり、後者はその後現代

に到るまでの続編であります。共に学生の手になった貴重な出版物で、近く上梓される

予定で、目下予約受付中です。この編集出版に私達(明峯、山元)も一役買っております

ので余り宣伝めいたことは申し上げられませんが、一人でも余計に読んで下さる方がい

ることを切に望んでおります。リーフレットを同封いたしますので多くの方にご紹介

下さいますれば幸いに存じます。

 

 前回の名簿に若干のミスがあって申し訳ございませんでした。今回は完璧を期し

た積もりですが、もしもミスがございましたら、お知らせ頂きたいと存じます。

 次の便りは来年末と考えております。世話人はしばらくは、有岡、山元、明峯の三人で

やってゆくいもりですが、実はマンネリになることを怖れておるのです。

 お寒さに向かいますから、先生方にはご健康にお気をつけ下さいますようお願い申し

上げます。

    昭和六十一年十二月五日        世話人代表  明 峯 俊 夫