第 二 回 瓔 珞 便 り (昭和五十九年四月十日)
一昨年暮れに瓔珞会の第一回目のお便りを差し上げましたところ、多くの先生方からお喜びや励ましのお言葉を頂き、大変心強く存じました。名簿の不備の点や誤りについても沢山の御教示をお寄せ下さいまして、お蔭様でやや完璧に近いものができたと考えております。厚く御礼申し上げます。この二回目の便りは昨年末にお送り申し上げるつもりでしたが、何かとの都合によりこんなに遅れてしまったことをお詫び申し上げます。
北大の現況の一端 現在の北大はかって予科のあった頃とは打って変わった状態にあるといってよいと思います。北大の広大なキャンパスの中にはもう殆ど木造の建物はなくなり、近代的な永久建築のビルが軒を並べております。第二農場を除けば、僅かにクラーク像あたりが昔の姿を残しているに過ぎない有様です。予科の新館は本部の建物になっていて、学長室はじめ事務局の大部分がここに在り、北大の中枢になっているわけです。現在の学長は12代目で、昭和17年9月に予科工類修了の有江幹男氏です。6代目の島学長以来久し振りに予科出身の学長が出現いたしました。
予科の所管であった恵迪寮は学生部の所管になり、懐かしいその建物は50年の歴史を閉じて、昨年春とうとう取り壊しの運命となりました。その西側に広壮な近代的建築にとって代されました。北大の中で予科の伝統を僅か乍ら残されていた恵迪寮でしたが、新しい寮も恵迪と名付けられ、寮歌も作りつずけるというこになりました。大学院生まで収容するというこの新寮が果たして予科の伝統を持ちつずけることになるかどうか私達にとっては関心を持ちざるを得ないところのように思われます。旧恵迪寮の建物の一部は野幌にある開拓の村に移転し復元されて保存されることになったのは喜ばしいことです。その恵迪寮の跡地には佐藤昌介先生の筆になる「恵迪吉従逆凶惟影響」の字が刻まれた石の記念碑が建立されました。
訃報 昨年2月11日に藤原正先生が逝去なされました。満百歳のお祝いをすまされたすぐ後だったとのことです。1月11日に坂元義男先生の夫人福子様が、また8月10日に故樟本成美先生の夫人カツヨ様がお亡くなりになりました。謹んでお悔やみ申し上げます。
会合について 今年の夏頃に第二回目の会合を持ったらどうかと考えておりますが、道外の先生方で御出席の御意志のおありの方はその旨お知らせ戴ければ好都合です。お知らせのない方には通知を差し上げません。
会費について 本会の運営費について色々御心配を戴いております。通信費としてお送り下さった方もございまして、厚く御礼申し上げます。昭和25年の予科最終修了生が組織している「桜星六十八期同期会」から20,000円の寄付を戴き、感謝してお受けいたしました。当分の間はこれと有志の先生方の寄附金で賄って行けると考えておりますので、会費として御負担をおかけする意志は今のところございません。
お願いその他 本名簿に誤りが見出されたとき、あるいは会員の方のご住所やその他のご動静に変動がありました時には必ず御通知戴き度いと存じます。御自身ばかりでなく他の方についても情報が得られましたら幸いです。第三回目のお便りは今年末か来年の今頃になると考えております。本会の世話人は当分の間は、有岡・山元・明峯の3名がこれに当たるつもりでおります。本会については連絡先は明峯方と致します。何卒よろしく御願い申し上げます。
最後ですが、先生方の御健康をお祈りします。(明峯記)
会員名簿、不明者、故人について、昭和59年4月1日現在で昭和58年9月10日現在との変更はない。