北 大 寮 歌 祭 小 史

都ぞ弥生作歌90年記念を祝して

山元 周行

Y.  昭和56年から昭和57年まで・「都ぞ弥生」作歌70年

 第13回北大寮歌祭は、昭和56年4月25日(土)午後1時より、北大クラーク会館大講堂で開催された。

 プログラムには「北大の歴史のながれをたどって」というサブテーマがつけられた。
 大原久友帯広畜大元学長はそのご挨拶の中で、自分の学生時代を回顧しながら、寮歌の北大学生活に於ける意義を格調高くまた熱っぽく説かれた。これは第70代菊池慶男団長の挨拶をも敷衍下され、団員を勇気づけるものであった。
 板谷実氏は、「天地の奥に」作曲者池田政晴君(私の予科生時代の同級生)とのエピソードを語った。

 印哲の素養を傾けて檄文を読んだ第72代小代啓介君は、私の定年後、新婚間もない妻と乳呑み児を残して、亡くなられた。札幌澄川の寺で猛吹雪の夜行われた通夜に団員OBとともに焼香したが、愛惜極まりないものであった。

 北大合唱団が「時潮の波の」を歌いだすに先立って、この作歌者渋谷富業氏を私は紹介した。新入生のクラス単位の参加が目立った。春開催の効果かもしれない。

 第14回北大寮歌祭は、昭和57年4月24日(土)午後1時より、北大クラーク会館大講堂で開催された。

 「都ぞ弥生」作歌七十周年記念であったので、これに寄せた文を掲載した8ページのプログラムが作られた。「都ぞ弥生」特集の第4部を設け、星光一先生にお話をしてもらうことにした。
 また、「都ぞ弥生」と並ぶ「三大寮歌」の他の2つの寮歌「嗚呼玉杯に」、「紅萌ゆる」を合唱団に歌ってもらうことにした。

 『今回で14回目を向かえた寮歌祭を我々は「都ぞ弥生七十周年記念」と題して大々的に行う計画をたてた。事前の情宣では教養生協前の大立て看板と応援団コーナーの設立、数千枚のビラ、ポスター、あらゆる報道機関への記事の提供、そして当日昼の宣伝カーで学内の雰囲気を盛り上げた。

 そして本番、高田和重団長による「永遠の幸」で舞台は幕を開けた。いろいろな団体が舞台に現れる.新入生クラスが結束の強さを見せれば、運動部は胸に秘めた闘志を歌に込めたりで、また中には衣装を揃えるクラスや得意の芸を披露する部もあり実におもしろかった。「水産放浪歌」では水産生が、57年度寮歌「汝と我の」では寮生が舞台に殺到した。

 今回来てくれた商大応援団は「若人逍遥の歌」を朗々と歌った。また今年で恵迪寮がなくなるという事で、他六学寮生により「別離の歌」が静かに歌われた。合唱団は「都ぞ弥生」と並ぶ一高寮歌「嗚呼玉杯に」三高寮歌「紅萌ゆる」を高らかに合唱してくれた。

 舞台は進み、最後の「都ぞ弥生」では会場全体が肩を組み、一つ輪となった。そして、ストームの嵐はクラーク会館をいつまでも揺らし続けた。』 (第74代渡辺隆一氏)